肺の中の薬物濃度を調べなければ効果が推定できない薬
今回は、番外編として、私の得意技である、肺の中の薬物動態試験についてとりあげます。
ほとんどの薬の添付文書には、血液中の薬物濃度の推移のグラフが掲載されています。薬は血液によって、肝臓、腎臓、肺、心臓などの各臓器に運ばれていきます。そのため、血液中の薬物濃度をみれば、薬の効果がいつ現れて、どのくらい持続するか推定できるからです。
ところが、肺の中の薬物濃度を調べなければ効果が推定できない薬もいくらか存在します。
そのひとつは吸入薬で、口から肺に吸い込んで服用するタイプのものです。例えばインフルエンザによく使われるX社の有名な吸入薬があります。その添付文書には、肺の中の薬物濃度の推移のグラフが掲載されています。
もうひとつが肺炎の治療に使われる抗菌薬です。不思議なことですが、抗菌薬は、肺の中で、血中濃度よりも何十倍も高い濃度を示すことがしばしばあります。数年前に、Y社から肺への移行性がずばぬけているニューキノロン系の抗菌剤が発売されましたが、その添付文書にも、肺の中の薬物濃度のグラフが掲載されています。
肺内で働く薬の開発に、とても有用な方法
ちなみに、これら2つの薬の肺内の薬物濃度を明らかにする試験を行ったのは私です。
肺内の薬物動態試験は、気管支鏡を用いて、被験者の気管支の末梢に生理食塩水を入れ、肺の中の粘液や細胞を、生理食塩水とともに回収するという方法で行いました。
粘液中の薬物濃度を計算するには、人の体の中の尿素濃度が一定であるという法則を用いました。気管支鏡を行う際に採血して、血液中の尿素濃度を測定し、回収した生理食塩水中の尿素濃度を比べると、どれだけ希釈されたかが計算できます。
肺胞マクロファージ中の薬物濃度をみるには、煙草を吸ったことのない人のマクロファージの1個の細胞の体積が一定であるという法則を用いました。細胞の体積が同じならば、細胞の数を数えるだけで体積が計算できます。その後、その数えた細胞をすりつぶして薬物量を測定します。そして薬物量を、先に計算した体積で割れば、細胞中の濃度が計算できるというやり方です。
肺内で働く薬の開発にはとても有用な方法ですので、そのような薬を担当されている方でご興味があればお問い合わせいただけたらと思います。
ところで、気管支鏡を用いる試験をして、被験者は大丈夫だったのかという疑問は当然あると思います。私自身、実は大学院時代に被験者として、この気管支鏡を用いる同じ方法で、自分の肺の中の細胞や粘液をとりだす試験を4回も受けたことがあります。そのため、この試験の苦しさや不快感はよく理解しております。
前述の薬の試験の際には、苦しくないようにできる限りのことを全部行ったつもりですが、気管支鏡検査を受けるのはそれなりに大変だったと推察します。ご参加くださった被験者の皆さんには心から感謝する次第です。
あとがき
今年の12月中旬に神戸で行われます第44回日本臨床薬理学会学術総会にて、肺内薬物動態についてのシンポジウムに登壇する予定です。
来場予定の方で、もしこのコラムでご興味をもっていただけたようでしたら、シンポジウムにもご参加いただけたらと思います。もちろん、このコラムに目を通したのがシンポジウムの後だった場合でも、お問い合わせいただけたら、色々お答えできると思います。
なお今回は番外編ということで、B社の方の出番は次回とさせていただきたいと思います。
(公開日:2023年11月28日)
筆者プロフィール:
古家英寿
医療法人平心会 大阪治験病院
日本臨床薬理学会(専門医・指導医・評議員)
日本内科学会認定総合内科専門医
大阪大学医学部 特任准教授